渡邊圭祐「共感できないから突き放されるのではなく、共感できないからこそ考えたくなる。そこが面白い」WEBインタビュー
9月21日から、シアタートラムにて上演される『Yerma イェルマ』に出演されます。渡邊さんにとって、久しぶりのストレートプレイであり、さらに初めてシアタートラムに立たれることになりますね。
去年、朗読劇という形でありながら、ストレートプレイに近い『たもつん』という作品に出演していたので、ストレートプレイが久しぶりだという感覚は、実はそこまでなかったんです。世田谷パブリックシアターではこれまでに2度、舞台に立たせていただいていますが、「ようやく念願のシアタートラムだ」というのが率直な感想でした。今回シアタートラムに立てるということへの喜びはすごく大きかったです。さらに、構成・演出の稲葉賀恵さんや劇作のオノマリコさん、共演者の方々のお名前を伺って、純粋に「楽しそうだな」と思いました。これまで観た舞台を遡る中でよく足を運んでいる劇場というと、シアタートラムが多い気がするんです。サイズ感や密度、客席との近さも含めて、没入感が素晴らしい劇場だと思います。シアタートラムという場所は役者にとって特別な劇場だと思うので、そんな場所でこのメンバーとお芝居がやれるんだ、という期待でいっぱいになりました。
シアタートラムならではの緊張感もありますか?
はい。シアタートラムは、舞台に立っている俳優の集中力が客席にダイレクトに伝わる劇場だと思うんです。例えば、誰かが話している時に気を抜いていたり、歩き方や立ち方に意味がこもっていなかったり、そういう瞬間が見えてしまう。普段歩いている時にも、深く意識してはいないけれど意味があるように、役を演じる際にそういう動きのひとつひとつが無意識に見えるくらい、身体に役を馴染ませる必要がある劇場だなと感じています。そう感じさせてくれる劇場は稀有ですし、そんな場所に憧れもあります。
ご自身で観劇される時は、どういう基準で作品を選ぶことが多いですか?
明確な基準はあまりないかもしれないです。この役者さんが好きだとか、演出家や劇作家の方のお名前をみて選ぶこともあります。あとは知り合いから「観にきてよ」と連絡がきた時なんかも。もうひとつ大きい要素になっているなと思うのは、ポスターですね。ポスターから受ける作品の印象はとても大事だと思います。(作品の)内容は、観るまで分からないことも多いじゃないですか。でも、ポツンと1人だけが写っているようなポスターには、内容が分からなくてもなぜか興味をそそられてしまう。適度に引き算されているポスターを見ると、洒落ているなと見入ってしまいますね。

『Yerma イェルマ』は、スペインの詩人・劇作家であるロルカの名作を現代的な視点で再構築したものですが、脚本を読まれた時の印象はどのようなものでしたか?
理解するのがすごく難しいなと思いました。2回目を読むのが少し躊躇われるくらい難しかったですし、読んですぐの率直な感想としては、「これは何なんだろう?」、「何を伝えようとしているんだろう?」と感じる部分が多かったんです。今(インタビュー時)は、僕たち演者がどのようなことを感じたかということと、稲葉さんとオノマさんのお二人がどのようなことを伝えたいのか、みんなで何度か話し合っているところで。その中で、演者からよく出るワードのひとつが「共感できない」でした。登場人物それぞれに理解できる部分はあるけれど、共感できるかというとそうではない。その距離感が面白い作品なのかなと思っています。観に来てくださった方も、登場人物の一部分は理解できると思うんです。だから「私はこう思う」、「自分だったらこう感じる」という議論が生まれる作品になるんじゃないかなと。僕らが読んでいる段階でも難しいので、それをどう咀嚼して、観に来てくださる方に優しく受け渡せるかを考えていきたいです。
渡邊さんが演じられるのはイェルマ(咲妃みゆ)の夫・フワンです。今はどのようにフワンという役を掴もうとしているのでしょうか?
フワンは、現代版としてアダプテーションされた今作の物語の中に、ロルカ自身のエッセンスも入れられている役だと感じています。今は、フワンから何かを掴んでいるというよりも、オノマさんと稲葉さんのお二人が作り上げようとしている『Yerma イェルマ』という作品について、「ここはこういう解釈だね」という話を聞きながら、「なるほど」と思っている段階です。イェルマについての話や、それぞれの役についての話を聞いて、「そういうことか。だったらフワンはこうした方がいいのかもしれない」と考えている。周りとの関係から少しずつフワンをほぐしていっている感覚があります。

デリケートな題材も含まれる作品ですが、稽古場での対話によって見えてくるものも多そうですね。
作中、様々なシチュエーションが出てくるのですが、それに対して「私の友達はこうだった」とか「ポッドキャストでこういう話をしている方がいて」など、具体的な例を出しながら稲葉さんが説明してくださるんです。デリケートなテーマもありますが、ディテールが少しずつ明瞭になってきている印象があります。そういう対話があることで、作品の解像度も上がっていて、いい方向に作用していると感じます。稲葉さんもオノマさんも、役のことも作品のこともよくお話ししてくださるんです。場面ごとの理解についても「私の解釈」と「我々の解釈」を混ぜながら『Yerma イェルマ』を作ろうとしている段階で。とにかくディスカッションが多いので、僕らが入る隙間がないくらいです(笑)。でも、その空気がすごく面白くて。それぞれが自分の役やシーンについて意見を言って、そのシーンに出ていない人も、「この後の僕が出ているシーンはこういうことですか?」とイメージを共有しながら作っているので、身の上話のようなことも織り交ぜながら、いい空気感で進んでいます。
そういう役の固め方は、映像作品ではなかなかできないのではと感じます。
はい、それが舞台の醍醐味で楽しいところだと思います。人と話しながら役を作っていく。「そう見えるんですね」とか、「昨日と変えていたけど、今日の方がよかったね」など、話してくださる方が多いんです。映像の現場ではなかなか言い合わない部分なんですよね。同じシーンを何度も芝居することも基本的にはないですし、自分が出ていないシーンをずっと見ているかと言われたら、撮影現場ではなかなかそうもいかない。自分が出ていないシーンも含めて見て、いろんな方から意見をいただきながら、自分だけの価値観ではないところで役を作ることができる。それがすごく楽しいです。
「共感できない」という作品の在り方が、今回の大きなポイントになりそうですよね。
みんなで「唯一、フワンの姉には共感できるかもしれないね」と話していたくらい、みなさん一致していて(笑)。そう言われているフワンの姉にも「何をやっているんだろう」と思う瞬間はきっとあるんです。フワンにしても「なぜ?」と感じる部分がある。だからこそ、観終わったあとに隣の人と「議論したい」と言い合える作品になるんじゃないかなと思っています。共感できないから突き放されるのではなく、共感できないからこそ考えたくなる。そこが面白いんですよね。
「共感できない」という気持ちが入口になる作品は、ご自身の観劇体験の中でも珍しい感覚ですか?
なかなかないです。普段はどこかで共感できるところを探しながら観ていますし、自分が役を演じる時も「ここは共感できる」という部分を見つけています。フワンに関しても、これからそういうものを見つけていく作業になるんだろうなと思っています。完全に分かるところから始めるのではなく、分からなさも含めて探っていく。その過程が、この作品では大事になる気がしています。

イェルマは子を持つことに執着していて、フワンはイェルマに執着している。人は生きていると、何かにすがったり、執着したり、分かっていながら止められなかったりすることがあると思うんです。渡邊さんは、そうしたネガティブな感情についてどう思われますか?
あっていいと思います。それが人間ですし「それも個性じゃん」と思えるタイプではあるので。執着してしまうことすら僕はいいと思います。難しいことかもしれないですが、それを愛してくれる人と出会えばいいのだと思うんです。僕自身、ダサいところはなるべく見せないようにしているのですが、たまにポッと出てきてしまう瞬間があります(笑)。友達にも「何でそんなに怒っているか分からない」と言われることもあって。自分の中のあるトリガーに触れられると、怒りの感情が出やすいかもしれないです。おおらかな人でありたいのですが、それこそ、僕は友達や地元にすごく執着していると思います。だから感情も揺さぶられるし露わにもなる……大人の対応ができるようになりたいです(笑)。
観終わった後に「幸せとは何か?」、「何があれば自分は満たされるのか?」ということを考えさせる作品でもあると感じました。渡邊さんはどう受け止められましたか?
僕はまだ、そこまでのメッセージ性を受け取れていない気がします。「これは何なんだろう?」というものが、今の感想に近いというか。誰かに問いを投げかけられたら、それなりに答えを出すことはできると思うんですけど、『Yerma イェルマ』という作品に関しては、まだパッと出てこないくらい掴めていないんですよね。今はまだ本読みをしているところですが、実際に立って稽古をしてみることで「ここで近寄りたくなるんだ」などの身体で感じられるものも出てくる気がするんです。
現時点で、舞台上での身体の使い方や表現について意識していることはありますか?
具体的な動きについてはまだこれからですが、視覚的な仕掛けが多い作品になりそうだと感じています。シアタートラムという劇場の空間でどう表現するんだろう?と思うト書きもたくさんあるので、板の上での肉体の在り方みたいなものは、なんとなく意識しています。映像とは違い、舞台ではお客様の前で常に身体ごと存在していなければいけないので、稽古の中でしっかり作っていきたいです。
シアタートラムという空間だからこそ、演出面でもワクワクする仕掛けが多そうです。舞台ではひとつのシーンの中でも、観客がそれぞれに違った部分を注目できる面白さもありますよね。
シアタートラムは、観客が「どこを見るか」を選択する必要がないくらい、全てが目に入ってくる劇場だと思います。右を見ていても左側が入ってくるし、奥にいる人の存在も自然と視界に入ってくる。そういうことが生まれやすい劇場だと思うので。逆に、ツアー公演ではそこがどうなるのか楽しみでもあります。劇場のサイズも変わりますし、シアタートラムだから成立させられることがあるとしたら、他の劇場ではどう見えるんだろう?と。普段はあまりそういうことは考えませんが、今回は特に「シアタートラムだからこそ」という感覚も強いので、どうなるのか気になっています。新しい視点が出てくるかもしれないですし、それはそれで楽しみでもあります。
映像作品にも多く出演されていますが、舞台と映像の違いはどんなところに感じますか?
映像の場合、短いト書きに対して自分で解釈を持って現場へ行き、当日その場でぶつける感覚なんです。そこで監督から「ここはこうしてほしい」と言われたり、「ここはこうだと思うんだけど、それで進めてみる?」と軽い議論があったりする。でも舞台は、ひとつのシーンやト書きに対しての答えを、共通認識として全員で持つ作業があるんです。ひとつひとつのことを、みんなで考えて作っていく。役者として脚本を読む力が鍛えられている気がします。僕にとって演劇は、役者をやる上でかけがえのないピースなんです。

作品のお話からは逸れますが、今、渡邊さんが心躍るものとは?
結構、何にでも心は動かされがちですが(笑)、いい陶器に出会えたりすると嬉しいです。陶器やうつわ、花器が好きで、ついつい集めてしまいますね。基本的に食器は、日本の陶芸家さんに限らず、地方に行った時にいろいろなものづくりをしている方の作品を買ったり、「この人の作品かっこいいな」と思ったものを買ったりしています。特に花器に関しては、旧東西ドイツの古い陶器に「 FAT LAVA(ファットラヴァ)」と呼ばれるものがあるのですが、それを集めていて。アンティーク雑貨屋さんに置かれていることが多いので、見つけた時は「いいじゃん!」となりますね。その時はかなり心が躍っています(笑)。
俳優 渡邊圭祐(KEISUKE WATANABE)
Instagram:@keisuke_watanabe_official

『Yerma イェルマ』
作/オノマリコ
構成・演出/稲葉賀恵
出演/咲妃みゆ、渡邊圭祐、小林亮太、樋之津琳太郎、大場みなみ、青山祥子、前東美菜子、渡辺いっけい
9月21日よりシアタートラムにて上演、その他兵庫、宮城、愛知公演もあり
staff
Photographer : Emi
Hair & Makeup : YOSUKE AKIZUKI
Stylist : KENTARO OKAMOTO
Edit & Text : AYAKO UENO(AKANE MAGAZINE)