現代美術家・束芋 インタビュー1「空間に浮かぶ輪郭」
現在、ポーラ ミュージアム アネックスにて個展「束芋画 国宝」を開催中の現代美術家・束芋。アニメーションを用いた映像インスタレーションを中心に、空間、身体、鑑賞者の知覚が交差する独自の表現を切り拓いてきた。作品はどのように立ち上がり、鑑賞者のなかでどのように変化していくのか。制作の原点からそのゆくえまで、話を聞いた。
空間に浮かぶ輪郭
暗がりのなかで映像が動き始めるとき、そこに現れるのはひとつの画面ではない。
壁面の角度や床との距離、わずかな陰影を含んだ空気の層までもが像の一部となり、空間そのものが静かに変質していく。スクリーンの向こうに別の世界が開かれるというよりも、目の前の現実がゆっくりと異なる輪郭を帯び始める。その変化に気づいたとき、鑑賞者は作品の外側に立っているのではなく、すでにその場の内部に身を置いている。
束芋さんの映像インスタレーションには、圧倒的な没入を誘うような演出とは異なる静けさがある。どこから見るのか。どの位置で立ち止まるのか。スクリーンに近づくのか。そうした些細な選択によって、作品から受け取る印象は変化していくのだ。
「スクリーンとの関係性を変えていくことで、作品から受ける印象も変わってくる」。
束芋さんはそう話す。「鑑賞者のその決断や、鑑賞者の感覚。また、それまでの経験やいろいろなことが作品を観る上で重要な要素になってくるので……」。そして、しばらく言葉を探るような間を置いてから、こう続ける。
「私はやっぱり、作品は50%の責任を持っているけれど、鑑賞者も50%の責任を持って観てほしいと思っています」、「鑑賞者のなかに立ち上がった作品というものは、その鑑賞者だけの、自分の作品だと言えるレベルのものであってほしいと思っています」。
完成されたものを一方的に提示するのではなく、見る者の内部で初めて作品が立ち上がる。その感覚は、束芋さんの表現に一貫して流れてきたものなのだろう。
近年、「没入」という言葉は、美術の領域を超えて広く共有されるものになった。映像技術によって身体全体を包み込む空間演出は、ひとつの様式として定着しつつある。しかし、束芋さんは自身の作品について、そのような「没入型」とは少し異なるものだと感じているという。
「私の作品は、今言われている没入型っていうのとの、ちょっと違いがあるなと思って」。
かつてメディアアートという文脈で語られたときにも、最先端技術を用いた表現に期待されるものと、自らがつくろうとしているものとのあいだに違和感を覚えたと話す。「メディアアートの世界で求められるものとは違うものを、提供してるんだなっていうふうに思ったことがあったんですよ」。だからこそ、現在広く共有されている「没入型作品」という言葉にも、ある種の距離を保っている。「そこを期待せずに来てもらった方が、違った視点っていうのをより見つけられるんじゃないかなと思っています」。
束芋さんの作品において重要なのは、世界の内部に入り込むことではないのかもしれない。
むしろ、像と現実とのあいだに生まれるわずかな揺らぎに身を置きながら、自らの知覚を静かに確かめていくこと。その余白のなかで、作品はゆっくりと輪郭を持ちはじめる。
そして近年になって、束芋さん自身も改めて気づいたことがあるという。「実写ってね、映画館でどんなに大きなスクリーンで投影しようとも、人間が出てくると、巨大な人間が登場してるとは思わないんですよね。巨大な顔が映ったとしても、人間のアップだって捉えるじゃないですか」。一方で、アニメーションには異なる感覚がある。
「アニメーションのインスタレーションっていうのは、その『大きさ』がとっても重要なんですよ」。
「目の前に立ち現れるその大きさが、現実世界と繋がっていくことで、その大きさを受け入れやすいのが、多分アニメーションであり、インスタレーションなんだと思うんですよね」と話す。映像は本来、触れることのできない存在である。しかし、空間の中に立ち上がった像は、壁や床、建築、そしてそこに立つ身体との関係のなかで、不思議な質量を帯び始める。物質を持たないはずのものが、確かに「そこにある」と感じられる瞬間。その感覚は、データや情報としての映像とは異なる、空間と身体が共有する知覚の経験なのだろう。
束芋さんの制作について話を聞いていると、そこには明確な設計図に従って進んでいくような感覚とは少し違う時間が流れている。先に完成形があり、それを現実へと移し替えていくのではない。むしろ、まだ言葉にならないもの、なぜ必要なのかを説明できないものを手繰り寄せながら、少しずつ作品の輪郭へ近づいていく。その過程のなかで映像は空間を得て、アニメーションは時間を持ち、見る者の身体と結びつく場として立ち上がっていくのだ。
束芋さんが初めて映像インスタレーションに取り組んだのは、大学の卒業制作のときだったという。当時、映像インスタレーションという言葉はまだ一般的ではなく、現代美術についても「何にも分かっていなかった」と振り返る。当時、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)情報デザイン学科に在籍し、グラフィックデザイナーになることを考えていた束芋さんにとって、最初から美術のフィールドを目指していたわけではなかった。
ただ、その環境には表現のアウトプットに対する自由さがあった。イラストの課題を映像で提出してもいい。版画の課題を立体物として出してもいい。そうした場の中で、束芋さんはさまざまな方法を試しながら、その時々で最適だと思える形を探っていたという。
「たまたま自分が学んできたこと、広く浅くやってきたことを全部組み合わせていった。『映像インスタレーション』という名前もそのカテゴリーも知らなかったのですが、その時に最適だと思える形が、そういうものになっていったという感じです」。
そこにあったのは、ひとつのメディアへの憧れや、明確な形式へのこだわりというよりも、自身の持っている技術や関係性を最大限に使いながら、目の前の状況に応答しようとする姿勢だった。外側の構造にはシルクスクリーンを用い、畳は畳屋に依頼し、立体物は木材工房の人々の手を借りる。映像は自ら描き、色を選ぶためにテストを重ね、音楽やアナウンスは友人や同級生に協力を仰いだ。作品はひとりの内面から生まれ完結するものではなく、自身の技術、人間関係、外部の職人や友人たちとの接点が複雑に重なり合うことで組み上がっていった。
束芋(たばいも)
1975 年兵庫県生まれ。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)卒業。アニメーションを用いた映像インスタレーションを中心に制作し、国内外で発表を続ける。
Interview & Text: Megumi Ichihara
▼開催中の個展「束芋画 国宝」についての情報はこちら
画像:flower in the shadow (2022)
映像インスタレーション 4 分53 秒ループ
©Tabaimo / Courtesy of Gallery Koyanagi
still image
※映像インスタレーション作品。同一作品内の異なるシーンを並列して掲載。